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最近、一人称で書かれた小説に魅力を感じてなりません。

ご存知の通り、私は普段三人称で文章を書きます。一人称、つまり一人の視点から書くことは稀なのです。

まぁその理由は私が初めて小説という世界に魅せられたのが三人称で書かれた本だったから。
――という、どうでもいいことだったりするのですが、それは脇に置いて。

一人称で書かれた文章は、視点のキャラの思考や感情の推移の分かりやすさ、特に読み手を物語に呑み込む力が魅力だと思っています。
もちろん、これだけではありませんが。

“読ませる” 力のある文章はそれだけで凄いのであって……。

……また話が逸れる事態です。自重しましょう。


一人称で書くことと、三人称で書くこと。


一人称で書いた場合、同じシーンでも視点のキャラによって書く文章は全く違います。当たり前ですが。
三人称だったら、周りの描写などは同じというか似ていても可……。
……大きな違いは表現だと思います。

一人称は、文章に 『らしさ』 を出す。視点のキャラ、そのキャラ 『らしさ』 です。

例えば、目の前に大きな扉があるとしましょう。

一人称書きでは、キャラによって扉の表現は当然違います。

キャラによっては、大きな扉をそのまま大きな扉と表現するかもしれません。

それがどれほど大きいのか、何と比べて (自分、その人が普段見慣れた扉など) 大きいのか。キャラによっては色、装飾、材質まで表現する。

そこに 『らしさ』 が宿るのだと思います。

もちろん、そのキャラが使いそうな語彙で書くことも 『らしさ』 が演出できます。

ちなみに、私自身の視点だと扉よりその扉に錠の有無や鍵穴の形に意識がいきます。それだけ見れば、鍵の形がだいたい予想できますし。
扉を開いたら、ラッチとボルト部分のプレート (扉の側面部) に刻まれている文字も見たりします。

……どうでもいいことを書きました。反省。

話を戻します。

『らしさ』 を出しつつ、それでいて読み手に状況を理解させること。一人称ではそれが大切だと思います。

三人称では、その扉の細部をどこまで書くかは書き手に委ねられます。語彙もそうです。

以上、表現の違いの私的見解でした。


まぁ結局は何が言いたいのかというと。一人称で書くことに魅力を感じるが、一人称で書くのって難しいよなーということです (ぇ
2008.11.10 Mon l 雑記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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